「孫を抱っこしたい」脳梗塞後の片麻痺に取り組んだ50代女性の症例
「孫を抱っこできるようになりたい」50代女性の祖母の夢
- 疾患名:脳血管疾患イニシャル:Y・N
- 年齢:50歳
- 症状:脳卒中(脳梗塞)脳血管障害の後遺症左片麻痺
来院までの経緯
Y・N様が脳梗塞を発症されたのは、当院へ来院される約7年前のことでした。
当時50歳で、福岡県内で自営業をされていました。
ある日の夜、頭痛を感じていましたが、発熱などの症状はなく、「病院へ行くほどではないだろう」と考えていたそうです。翌日は息子様の授業参観が予定されていたため、頭痛が残るなかでも学校へ向かいました。
何とか授業参観には参加できましたが、帰宅しようとした際、学校の校門付近で突然倒れてしまったのです。周囲の方がすぐに救急車を呼び、近隣の病院へ緊急搬送されました。
脳梗塞により左手足が動かせない状態に
搬送先で検査を受けた結果、「脳梗塞」と診断されました。
意識が戻ったとき、Y・N様は左腕と左足に強く、とてつもない重さを感じ、自分の意思で動かすことができなったと言われます。
その後、服薬によって血圧を管理できるようになり、全身状態も少しずつ安定していきました。在宅復帰を目指してリハビリを始める必要がありましたが、発症直後は身体の状態が十分に整っておらず、すぐに訓練へ取り組める状況ではなかったといいます。
ご家族に支えられ、自宅へ退院
その後、ご家族や周囲の方々に支えられながら、少しずつリハビリに取り組まれました。
歩行については、「短下肢装具※」と杖を使用すれば、ご自身で歩ける状態まで回復し、自宅へ退院することができました。
一方で、左腕の麻痺は強く残り、ほとんど動かすことができませんでした。
歩けるようになったことは大きな前進でしたが、左手が使えないことで、日常生活のさまざまな場面に不便を感じるようになりました。
※短下肢装具とは:医師の処方に基づき、脳卒中の片麻痺や神経・筋疾患による歩行障害の改善と転倒防止を目的に作成される装具。
左手をもう一度、生活のなかで使いたい
Y・N様が望んでいたのは、特別なことではありませんでした。
- 食事の際に、左手で茶碗を持つ
- 本を読むときに、左手でページを押さえる
- 料理をするときに、左手で野菜を支えながら包丁を使う
発症前には当たり前にできていた動作を、もう一度ご自身の手で行いたいと考えていました。
左手が使えないことで、家事や食事だけでなく、「自分らしい生活」が少しずつ遠ざかっているように感じていたそうです。
「いつか孫を抱っこしたい」という新たな目標
さらにY・N様には、将来に向けた大切な願いがありました。
それは、いつか生まれてくるお孫様を、ご自身の腕で抱っこすることです。
「初めて祖母になるときには、自分の腕で孫を抱きたい」
その強い思いから、脳梗塞後の左片麻痺に対して、ほかに検討できる治療法がないか調べ始めました。
情報を探すなかで、脳血管障害の後遺症に対する治療の新たな選択肢として「再生医療」が行われていることを知り、詳しい説明を聞くため、当院のカウンセリングへ来院されました。

医師からのコメント
初診時のY・N様は、脳梗塞後の左片麻痺が強く残っており、左腕を肩から指先までご自身の意思で動かすことが難しい状態でした。
日常生活では右手を中心に動作を行っていましたが、左手を添えたり、物を支えたりすることができないため、食事や読書、料理など、さまざまな場面で不便を感じていました。
左手で本のページを押さえたい
読書がお好きなY・N様が、まず希望されたのは、本を読むときに左手を使えるようになることでした。
右手でページをめくる際、左手で本やページを押さえることができれば、より安定した姿勢で読書を楽しめます。
そこで当院では、左手を生活のなかで補助的に使えるようになることを目標に設定しました。
具体的には、左腕を机の上まで動かし、本に手を添えることや、ページが戻らないように軽く押さえる動作の獲得を目指します。
日常生活で使える左手を目指して
Y・N様の目標を実現するためには、腕を持ち上げる動きだけでなく、肩や肘、手首、指をできる範囲で連動させることが必要です。
そのため、脳梗塞後遺症に対する治療選択肢の一つとして、自己脂肪由来幹細胞を用いた再生医療をご提案しました。
あわせて、左腕の動きを引き出し、日常生活のなかで使える動作につなげるためのリハビリを組み合わせて進める方針としました。
まずは「左手で本を押さえる」という具体的な目標から取り組み、将来的には食事や料理など、ほかの生活動作にも左手を活用できる状態を目指します。

リハビリの内容
Y・N様は、脂肪由来幹細胞の投与を受けた翌日からリハビリを開始しました。
初回のリハビリでは、これまでの経過や日常生活で困っていることを確認したうえで、左腕の動きや感覚、姿勢、動作能力などを詳しく評価しました。
初回評価で確認された状態
評価時には、左肩から指先までを自分の意思で動かすことが難しく、左腕の感覚も鈍い状態でした。
Y・N様の最終的なご希望は、右手でページをめくり、左手で本を押さえながら、両手を使って読書を楽しむことでした。
そこで、一度に最終目標を目指すのではなく、必要な動作を段階的に身につけられるよう、3つの目標を設定しました。
3段階で進めたリハビリ目標
|1か月目の目標
左腕を前へ動かすための身体の使い方を身につける
まずは、肩や腕だけに無理な力を入れるのではなく、姿勢を安定させながら左腕を前方へ動かす練習を行いました。
|2か月目の目標
左腕をテーブルの上に置けるようになる
次の段階では、左腕を持ち上げて前へ運び、テーブルの上に安定して置く動作を練習しました。
本を押さえるためには、腕を動かすだけでなく、目的の位置まで運び、その姿勢を保つことが必要です。
3か月目の目標
|めくったページの上に左手を置き、押さえられるようになる
最終段階では、右手でページをめくったあと、左腕を本の上まで運び、ページが戻らないように押さえる動作の獲得を目指しました。
日常生活で使える左手を目指して
これらの目標を一つずつ達成できるよう、Y・N様の身体の状態に合わせてリハビリ内容を調整しました。
当初設定した3か月の目標を基準としながら、その後も動作の安定性や実用性を高めるため、約6か月間にわたってリハビリを継続しました。
訓練では、左腕を動かすことだけを目的とするのではなく、実際の読書動作のなかで左手を使える状態を目指しました。

治療後の経過
Y・N様は、脂肪由来幹細胞の投与を6回受け、週3回・1回60分のリハビリに継続して取り組まれました。
治療開始前は、左肩から指先までをご自身の意思で動かすことが難しい状態でしたが、訓練を重ねるなかで、左腕をテーブルの上まで運び、右手でめくった本のページを左手で押さえられるようになりました。
読書がお好きなY・N様にとって、「両手を使って本を読む」という目標に近づけたことは、日常生活のなかで感じられた大きな変化の一つでした。
次に生まれた、家族のための新しい目標
本を押さえる動作ができるようになったY・N様には、次の目標が生まれました。
一つは、娘様が結婚される際に、ご自身の手でウエディングベールを上げること。もう一つは、将来お孫様が生まれたときに、両腕で抱っこすることです。
これらの目標に向けて、さらに6か月間リハビリを継続されました。
左腕にみられた動作の変化
継続的なリハビリにより、当初はほとんど動かせなかった左肘を伸ばす動きがみられるようになりました。
また、左腕を机の上に置いた状態で、手のひらを上に向ける動作にも取り組めるようになっています。
現在もリハビリを継続しており、治療開始から約1年半が経過しています。
「孫を抱っこしたい」という夢に向かって
現時点では、ウエディングベールを上げることや、お孫様を両腕で抱っこするという目標の達成には至っていません。
それでもY・N様は、ご家族との未来を思い描きながら、今できる動作を一つずつ増やすためにリハビリを続けています。
当院でも、現在の身体機能や生活状況を確認しながら、Y・N様が希望される動作に少しでも近づけるよう、今後も目標に合わせた支援を続けてまいります。